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ヘルシンキで、いなべを想う ~前編~

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2024.10.16

ここ数年、幸せな社会のあり方や生き方について関心が集まっています。世界幸福度ランキング1位のフィンランドでは、幼い頃から日常的に「幸せとはなんだろう」と考える習慣があるそうです。

そんな彼らの「幸せの感じ方」を知るためにヘルシンキを訪れ、人々の暮らしを垣間見る中で気付いたこと。それは、ヘルシンキはいなべに似ている、ということでした。暮らしの中に自然があり、自然を楽しみ、暮らしに欠かせないものとして大切にしているところや、自分の心地よさを大切にして幸せに生きようとしているところ。そして、自分の住む街を好きだと堂々と言える人たちが多いところも似ています。

ヘルシンキといなべ。遠く離れ、文化も異なるふたつの都市。リンクしていたのは「豊かさ」でした。このエッセイは、そんなふたつの都市で出会った人々を通じて、その豊かさ、そして幸せについて書いたものです。

コロナ禍で運休していたフィンエアーによる名古屋―ヘルシンキの直行便が4年振りに復活し、遠い北欧がまた少し身近に感じられるようになりました。ヘルシンキへ、そしていなべへ。幸せのリンクを感じるそんな旅に出てみてはいかがでしょう。

※フィンエアーの名古屋発着便の運行は、今年は10月で一旦終了。2025年は3月から9月まで運行予定です。

~前編~「ヌークシオ国立公園」でいなべを想う

フィンランドの首都、ヘルシンキを訪れたのは5月下旬のこと。深夜に日本を出発し、真っ暗な北極海の上空を飛び続けること12時間。ヘルシンキ・ヴァンター国際空港に到着したのは朝の5時だった。湿気がなく空気が軽い。早朝にも関わらず、まぶしいほど明るい光に満ちた広い空。白夜のシーズンが始まっていた。

森と幸せがリンクする理由を探して

白夜の太陽は早朝からパワー全開

「どんな時に幸せを感じる?」

ヘルシンキ在住のフィンランド人の友人にした質問だ。彼女は少し考えてから「森にいる時かな」と答えた。彼女の周りの人たちも同じ答えだったと聞き感心する私に「15歳の子も森にいる時と言っていたわ」と笑う。

フィンランドは言わずと知れた世界幸福度ランキング7年連続1位の国だ。フィンランド特集のメディアでよく見かける「幸せを感じる時は?」という質問に、森にいる時と答える人が多いのは知っていたが、リアルにその答えを聞いた時はちょっと感動した。

世代や立場、趣味なども違うはずなのに共通する世界観。彼らが幸せを感じるというその森を見てみようと私はヌークシオ国立公園にむかった。

ヌークシオ国立公園へは、ヘルシンキ中央駅から電車とバスを使って1時間程度で行くことができる。森の中には大小80もの湖や池があり、広さは東京ディズニーランドの100倍ほど。いなべ市だと大安町がまるごと公園になったくらいの広さだ。

高低差のある舗装されていない道をぐんぐん歩く

バス停を降り、ハイキングコースの入り口まで20分ほど歩く。バスの中で知り合った女性が一緒に行こうと言ってくれた。毎週散歩に来るという彼女は1歳になる可愛らしい女の子をベビーカーに乗せていた。大変じゃない?と聞くと、「普段は旦那さんと一緒に車で来るのだけど、今日は彼が仕事なの。でも森へは私もこの子も行きたいから」とにこやかに答えた。そして「この新芽は食べられるのよ」と言ってモミの木の葉っぱの先をちぎってくれた。

モフモフの新芽の方が渋みがない

森でベリーが獲れるシーズンは7月に入ってからだそう。その前は、こうして森の木の新芽を摘んでそのまま食べたり、お湯を注いでハーブティーのように飲むという。モミの木のふさふさとした新芽はしっとりと柔らかく、噛み締めるたびに少しビターでフレッシュな酸味が口の中に広がった。

彼女と別れ、いざ森の中へ入る。木立の隙間を縫うように続くハイキングコースは、まるでけもの道のように森になじみ、人と自然の区別が曖昧になる。木々が立ち並ぶ先には湖と青い空が見え、湖畔には小さな白い花が広がる。湖にぽつんと浮かんでいた水鳥がすーっと泳ぎ出すとさざなみが水面を揺らす。歩き疲れたらモミの木の新芽を摘み口に放り込み空を仰ぐ。

自然に“没入”するにつれ、私はヒタヒタと何かに満たされていくような感覚があった。これが幸せかぁ、とフィンランドの森の中でひとりごちた。しばらくその感覚を味わっていると、同じような体験をした記憶が蘇ってきた。

サウナから湖へ向かうデッキ。足元には可憐な小花が。

幸せに気付くきっかけは
いなべの森にも

いなべ市北勢町。藤原岳に続く孫田尾根の麓で開催されている自然学校がある。主催者は猟師でアウトドアクリエイターの安田佳弘さん。小学生2クラスと中学生以上のクラス(GLOWクラス)があり、安田さんの暮らしの場であり狩猟のフィールドでもある森を毎月のテーマに沿って探索する。

こどもたちに森の智恵を伝える安田佳弘さん

安田さんは様々なレイヤーを持った人で、生業にされている猟師の他にも、執筆やデザインもするし大学の講師やクラフト作家の一面もある。どんなところでも生きていけそうな雰囲気があるのは、動物も人間も自然も町も、分けて考えるのではなく緩やかに重ねながら物事を捉えているからなのかもしれない。

GLOWクラスに参加し、そんな安田さんと一緒に森に入ると、植物や動物の足跡、そして土地の形からも命の息遣いを感じることができる。山菜や木の実といった森の恵みを採取してピザを作ったり、まっすぐな梅の木の枝でお箸を作ったり、山の土で土偶を作ったりもする。日々の雑務から離れ森の中で過ごす時間はとてつもなく安らぎ多幸感にあふれていた。フィンランドで思い出したのは、その時の感覚だった。

森は外から眺めるより、中に入ってこそ。
食べられる草花を知ると、暮らしを楽しむ視点が増える。

自然に没入してわかったこと

安田さんは自分の生き方を「自然のうねりに身を委ねたい」と表現していたことがあった。それが、「なぜ森で幸せを感じるのか」という疑問と繋がった時、私なりのひとつの答えが出た。きっと私は、自然の素直さに癒されているのだろう。太陽の方へ伸びる木々のように素直に生きることは、こんなにも心地が良いということを森は教えてくれているのだろう、と。

幸せとは、心の満たされ感だとすると、美味しいものを食べたり、大好きな人に会ったり、趣味に没頭したりと人それぞれいろいろな方法がある。その中のひとつに「森へ行く」を加えてもらいたい。いなべにはそんな森があるし、その森で幸せに気付くきっかけをくれる人もいる。

夕方から森へ入る二人組。白夜の森も心地が良さそうだ。

~後編~ へつづく

記事を書いてくれた人:
西墻幸
編集者・ライター
女性ファッション誌の編集を経て2016年独立。
雑誌・webマガジン・単行本の執筆などを手がける。
ittoDesignの屋号では、デザイン、イラストも。

Instagram @ittodesign
写真を撮ってくれた人:

西墻幸(Finlandの風景)
My Forest College

インフォメーション

My Forest College

猟師でアウトドアクリエイターの安田佳弘さんが主宰する自然学校。雑貨と喫茶の店『MYHOUSE』のフィールドに広がる森を舞台とし、四季を通した里と山のつながりを学び生きる力を身につける。年間通しての固定メンバーで活動するJUNIOR(小1〜小3)クラスとYOUTH(小4〜小6)クラス、月毎にメンバーを募集するGLOW(中学生以上)クラスの3クラスを展開。スタッフは安田さんを筆頭に、カメラマン、農家、金属造形作家、保育士、陶作家、ガラス作家、絵本ソムリエなど個性あふれる面々なところも魅力のひとつ。

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