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店主が作るお米が主役 ”ごはんが進む”気まぐれメニューを味わう 「農業喫茶マロン」 

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グリーンクリエイティブいなべ
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心配してくれる人たちがいた

小学生に稲作を教える伊藤さん(提供:農業喫茶マロン)

 夢を追う最中、23歳の時に伊藤さんは事故に遭う。後遺症が残り音楽の仕事は、思うような形で続けられなくなった。
「事故直後は受け入れる、受け入れないより『まだ生きている』という感覚だった」と振り返る。
家族や友達が心配し、助けになってくれ、そんな人の温かさに救われた。裏方で音楽の仕事を続けながらも、心境の変化から店や農業の経営に積極的に携わるようになった。
地域の子どもたちの農業体験への協力も積極的に行うようになり、家業へやりがいを感じていくようになった。

こうして、少しずつ家業にたずさわるようになったころ、父・辰治さんの病が発覚する。そして数年間の闘病末、他界した。

「マロン」と農業を継ぐ

田植えをする伊藤さん(2020年撮影)

「もう、迷いはなかった」
父の逝去後、家業に専念することを決めた。
広大な田で米作りをしながら喫茶店のマスターもしてきた父と同じことを本当に全部できるのか。周りの声、自分の声、さまざまな声が聞こえてくる。
しかし、そんな声をすべて振り払い「店も農業も全部やる」と覚悟を決めた。
米作りも喫茶店も受け継ぎ「農業喫茶マロン」と名乗ったのはこの時からだ。

朝は4時に起きて農作業、昼は喫茶店。繁忙期には店をスタッフに任せて農作業に集中する。

「本当は夜型なんやけどな!でもな、やるんや!」
ガハハと豪快に笑う。

店主の持ち前の明るさが店舗中に溢れ出る(提供:農業喫茶マロン)

これからは自分がこの店をやっていくのだと、店舗も改装した。思い出深いものを残しながら、どこか南国のような、伊藤さんの底抜けの明るさを感じさせる広々とした空間を作り出した。
子ども時代から使っていたものや、父が大切に使っていたもの、海外旅行で厳選して選んだもの、地域の子どもたちからのメッセージなど温かな思い出が店舗のあちらこちらにそっとたたずんでいる。

新米定食に気まぐれメニュー、自家製米を味わう

お米が主役のマロン。(提供:農業喫茶マロン)

この温かな空間に、市内外、県外からも多くの人が訪れる。
当日出される料理は「気まぐれ」。
ローストビーフの日があれば、うなぎの日もある。ローストチキンの日もあれば唐揚げの日も。
人気のガパオライスの頻度は高め。
訪れた時に何が食べられるのかはわからないが、それでも人は満足してしまうのだ。

ローストビーフ丼。この日はローストビーフの気分だったから。お米とよく合う。(提供:農業喫茶マロン)

それは、主役の「お米」がおいしいから。そして、考案されるメニューの基準は”ごはんが進む”ものだから。
気まぐれのメニューとともにごはんを口いっぱいに頬張れば、その甘みが身体中に広がり、包み込まれるような安心感を覚えることだろう。
店主の目利きで可能な限り、いなべ市内のおいしい野菜を調達している。マヨネーズやケチャップ、出汁なども手作り。
「家族のような大切な人に、ずっと食べてほしいものを作っとる」
その思いやりが、一口ごとに感じられるようだ。

新米定食では収穫したてのお米を味わえる。(提供:農業喫茶マロン)

新米の時期には収穫したてのお米を楽しめる「新米定食」が提供される。
昨年はインスタグラム経由であっという間に予約でいっぱいになったそう。
「4日前まで田んぼにあったお米やで。ほら、うまいに決まっとる」
収穫したてのお米を季節の食材ととも味わう。
そんな贅沢なお祭り期間だ。

この先も父と同じく米作りと、店をする

店主が作る自慢のお米を求めて訪れたい(2025年撮影)

偶然の積み重ねの先に、幸せを見出した伊藤さん。その想いは、土が耕され作物が成長し、実りの日を迎えるように、この地でゆっくりと育まれていた。

「地域の米が好きで、父のやってきたことを大切にしたい。しんどさの向こうに思いやりや愛情があるんです」
普段は厨房から出ないものの、おいしそうにごはんをおかわりする客を見て、店の奥でニカッと笑う。

店主が醸し出すその温かな空気と料理に現れる愛情が、また訪れたいと思わせるのだろう。
かみしめるほどに甘みが広がるお米と空間を味わいにきてはいかがだろうか。

※この記事は2020年にGCIのHPで掲載したものを追記、修正して掲載しています。

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2025.7.16